玉ねぎから芽が生えた

気がついたら玉ねぎから芽が生えてた。そんな日常を綴ったブログ。

2018年7月30日

昨日の法要がこたえ、夜は爆睡してしまった。

同時進行的に仕事の連絡も入るため、休みなんだか仕事してるんだかよく分からない笑

 

複数同時進行だから余計にかも。

 

朝7時、親戚のおじさんが朝どりの枝豆をたっぷり袋に入れて(3キロはあると思う)持参してくれた。

叔父さんの実家は農家なので、貰うと大量だ。

 

初めて地のもの野菜を旬な時期に食べれて嬉しい。

 

枝豆を茹でながら、昨日の話など2時間くらい。

 

9時に叔父さんは一旦帰ったので、弟のために裁判所に提出する書類を作成。(これが色々大変)

11時、嫁さんが起きてきて少し話をする。

 

わたしは枝豆食べながら書類を作成。

結構時間かかる。提出する書類の仕分けも。

 

午後、銀行にお金を下ろしに行く。

15分で戻り、今度はお世話になっている大叔母さんの家に一周忌法要が無事終了した報告をしに行く。

 

先ほどの枝豆下さった叔父さんにアテンドしていただき、海沿いにある大叔母さんの自宅に向かった。

 

14時、大叔母さん、大叔父さん(つまるところ、祖母の兄妹)に挨拶をし、無事に法要が終わったことと近況報告を。

みんな御年配だからいつどうなるか分からない。だから、今このタイミングやこの時期で話が直接出来る事が大事なんだ。

 

1時間ばかりり滞在し、家に帰宅。

 

嫁さんに挨拶し、帰路についた。

福島で仕事中の父の車に乗って、福島県から帰ることに。

 

磐梯山を拝み、猪苗代湖を眺め、野口英世記念館の側を通り、郡山駅からやまびこに乗車。

 

新幹線だと東京まで1時間18分ほど。

 

実を言うと、父の運転する車の中でわたしは涙を流していた。

 

母が亡くなり一周忌といえど、悲しみは後から後から溢れてくる。

つい先日まで当たり前に居たのに。

もう一年経つの?

信じられないと、思う。

 

時は残酷に、でも確実に過ぎていく。

母が居たことは確かで、母が亡くなる間はずっと一緒に過ごしていたのに、今思うと夢のような時間で、フンワリしているのだ。

 

優しい時間、忘れちゃいけないのに、忘れてしまいそうな時間。。。

 

悲しみは後から後から溢れてくる。

この日記を書いていても目頭が熱くて涙が出てくる。

 

周りにたくさん親を亡くした人がいて、みんな悲しみを抱えて生きてるんだよね。

 

とはいえ、親はたった1人なんだよ。

 

居ればいたで煩いし、居なくなるとさみしいなと父は別れ際に言った。

 

お父さん、わたしだって同じなんだよ。

悲しみは後から溢れてくる。

 

思い出しては涙を流して、心を休める。

 

悲しみは消えない

 

ただ、それでいいと思う。