玉ねぎから芽が生えた

気がついたら玉ねぎから芽が生えてた。そんな日常を綴ったブログ。

従姉妹からの電話

仕事から帰って来たら従姉妹から電話が。

 

地元のおばちゃんが危ないとの連絡だ。

 

年末年始、おばちゃんと一緒に過ごしたんだ。

病院から一時帰宅していて、ベッドから少し起き上がりながら年越し蕎麦を(離乳食みたいに砕いたもの)スプーンで食べてくれた。

 

叔母ちゃんは肺がん。

 

うちの母より前に肺がんが見つかり、うちの母の方が先に逝ってしまったけど、叔母ちゃんは頑張っていた。

 

昨年の1月に頭に放射線かけてから調子が悪くなり、10月頃には病院に入ってしまった。

 

「今度は私の番かな、順番かな」と言っていた。

 

でも

 

叔母ちゃんは強いと思う。

 

まだまだ大丈夫!と伝えた。

 

電話越しの従姉妹は、

「いよいよかなと思う。

人間って、最後はこうなっていくんだね、、」と言っていた。

 

身体がむくみ、脚を揉んだりすると体から水分が滲み出てくるんだと言っていた。

 

身体の機能が徐々に止まって、機能しなくなる。

 

今は心臓が頑張って動いてるけど、負荷がかかり過ぎるといつどうなってもおかしくない状況だとの事だった。

 

ずっと病院に寝泊まりしている従姉妹の、気持ちが、まだ死なないんじゃないかって気持ちと、どこか覚悟してる気持ちと、両方が受け取れて、ただ今を聴くことしか出来なかった。

 

今は気を張り詰めてるだけ。

寝れる時に寝てちょっとでも体を休めた方がいいよと話し、おやすみと伝えて電話を切った。

 

年越しした後、

おばちゃんに「また来るね」と伝えたんだ。

 

半分ボケも入っていた叔母ちゃんだけど、私が行くと、顔を見て名前を伝えると、分かる分かると首を縦にうなづいてくれた。

 

おばちゃん、ちゃんと分かるんだよ。

 

そして、おばちゃんをみて涙が出た。

 

従姉妹の子供に

「どうして泣いてるの?」

と、言われてしまう。

 

余計に涙がポロポロと溢れる。

 

私はおばちゃんが好きだった。

おばちゃんの作る美味しい料理も、いつもお腹いっぱいに食べた。

 

もう、おばちゃんの作る美味しい料理が、食べられない。

 

それは仕方ない。

仕方ないのだけど、人間ってどうして死ぬんだろうね。

 

どうしてかな。

どうして病気になるんだろうね。

 

どうして、どうして、どうして。

 

だから、叔母ちゃんを最後までみて生きてる姿をしっかり見届けることが大事なんだ。

 

叔母ちゃんは強い。

絶対に強いから、もう少し頑張って。